« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007年1月

2007年1月31日 (水)

制服

が変わるようです。

僕が出た札幌K高校の制服が今春より変わることを知りました。男女ともに今らしい、ブレザーに変わります。

現在の制服は、男子が学ラン、女子が銀行員のようなブレザーだったのですが一新されてしまうのですね。女子の制服はイマイチだったので良いのですが、学ランなくなるのは寂しいです。

2007年1月29日 (月)

給食費

最近、報道番組なんかでよく聞く、公立学校の給食費の未納問題について少し書きたいと思います。

小学校のお子さんのいる方から聞いたのですが、札幌市内の小学校でもかなりの給食費未納者がおり、PTAでも問題になっているそうです。払わない人の大半は、「払えないものは払えない」というスタンスだとか。本当に払えないのかというとこれまた大半は十分に支払える経済力を持ちながら、払わないそうです。どうも、義務教育なのだから税金で賄うのが当然だという考えが、保護者の間で広まっているのだそうです。でも、義務教育というのは国が子供に教育を受けさせる義務があるのではなく、親が子供に教育を受けさせる義務があるものです。勘違いしている人が多いようですけど。

また、教室で問題を起こす子供を先生が叱れない状況もあると聞きます。なぜか?その子を叱るとなぜ、うちの子だけを叱るのかと学校に苦情を訴えること、また、教育委員会に通報するなど、先生が自由に教室運営を行えない事情があるそうです。しかし、いつからこうなったのでしょうね。僕の職場にもいますけど、どうして「俺だけに言うのか」という台詞が出てくるのか理解に苦しみます。一対一の関係の中で他人の存在は関係ないのだと思いますが、話になりません。他者との差異や状況、条件、立場の違いが理解できない人が増えていくと本当に疲れます。いい大人がいちいち説明しないと理解できないのだから、子供より性質が悪い。

僕らが子供の時は、学校はとても面白いところだったと思います。僕の小学校の担任の先生は二日酔いで僕の後ろで寝ていても、それに対して問題視する親はいなかったと思います。それだけ先生と子供、そしてその親達との信頼関係が強かったんですね。大人になってからその担任に言われたことがあります。教育というのはえこひいきすることだと。言われた当初は理解できませんでしたが、最近、なんとなく分かってきました。要は、子供ひとりひとりに個性があるのだから、教師は平均的に教育するのではなく、個性を伸ばしてやることが役目なのだと言いたかったのだと思います。それによって自分に自信を持ち、どんどん伸びていくのだと。翻って現在は、大人の社会でもそうだけど、自分に自身が持てないから、他人を見下すことによって優越感に浸ろうとする人たちが多すぎる。そのくせ、結果の平等は求める。嫌な時代だなあと思います。僕らは結果だけを求めすぎたのかもしれないですね。

その先生は定年前に退職し、少年野球の監督をやっているそうです。もう5年くらい会ってないけど元気かなあ。久しぶりに飲みたい気分です。

うちの猫

0601011 一昨日は、うちの猫「ペル」の命日でした。一年前、16歳になるまで2ヶ月というところで亡くなりました。数ヶ月前から手足の血行が悪いなあと思っていたのですが、年をとって心臓が弱っていたのでしょう。

弟が亡くなる前から飼っていたので、さすがに亡くなった時、一週間くらいは落ち込んでいました。今でも物陰から出てくるのでは思うことがあります。

数年前のことですが、フライドポテトを食べようと買ってきて台所に置いておいたのですが、ちょっと外に用事を足しに行った隙に、全部、食べられたことがあります。ないなあと探していたら、紙袋の破片をあごからぶら下げていたペルを見たときには、唖然としてしまいました。とにかく、チンチラのくせに食い意地の張った猫でした。

2007年1月28日 (日)

柱の間

Img_0819 近々、札幌市内で僕の勤める会社あの設計施工による某施設が竣工(建物が完成すること)します。その内部のスナップです。

僕も提案段階から、模型を作っていました。(同じような模型を3回くらい)この柱の間、別にこの柱が特別というわけでもなく、ましてや部屋名も柱の間ではないのです。間口2メートルほどの空間に突如として600(mm)角の柱がそびえたっているのは、非常に違和感があります。

要は部屋割りをするとこうなってしまったのです。設計者としてはとても恥ずかしいことなのですが、設計部の人たちは笑ってました。場が和むという人もいましたね。この建築の構造設計者はもう、喜んで写真をとる始末。(内心は意匠設計の人に怒りを覚えていたと思いますが)

僕としては、せめて、エアコンの位置がもう少しどうにかならなかったのかなあと思います。柱を暖めたり、冷やしても良いことはないですからね。

最近、心身ともに疲弊しているせいか、外にでるのが億劫です。元来、外に出るのが好きな人間なので、身を奮い立たせて外出するようにしてます。僕の経験からすると、辛いときこそ、外に出て気分転換したほうが良いんですよね。

2007年1月27日 (土)

ユンニの湯

今週はいろいろあって疲れたので、一人で温泉に行って来ました。

明日、学校に持っていく宿題を午前中から昼にかけて図書館でやってから、由仁町にあるユンニの湯に行きました。江別にある道立図書館から車で一時間ほど。盛況のようで駐車場には車がいっぱいでした。(あやうくバックしてきた車にぶつけられそうになる。)

Img_0825 温泉はそれほど熱くなく、湯あたりしないような丁度良い湯加減。さすがに露天風呂は寒かったけど、気持ちがよかった。ここは宿泊場所もあるので、今度、泊まりで行きたいですね。

お風呂上りに、食堂でホットドックを食べようと注文し、品物がでてきたところで事件が起こりました。マスタードをかけようとしたのですが、押しても出てこない。でも、先の方にマスタードがついていたし、ふたはついていないはず。そんなこんなで、少しでてきたのでと思い、力を入れた瞬間。チューブのキャップがロケットのように飛び、あたりはマスタードの海・・・。幸い、注文したものは無事でした。でも、服の袖が汚れてしまった。

明日は朝から学校です。早く寝なければ。

2007年1月26日 (金)

多様性という名の媚薬

最近、「多様性」とよく聞くけど、世の中、本当に多様になったのだろうかと思う。

確かに、情報過多、消費者社会である現在はいろんなものがあるし、一昔前に比べて、働き方にも幅ができたと思う。でも、残念ながら人の意識まで多様化されていない。むしろ、心のベクトルが内向きにある分、考え方が硬くなっている人が多いように思う。社会に閉塞感があればあるほど、保守的に、もしくは排他的に物事を考えるようになる。非常にキケンだと思う。

本来、多様性とは、さまざまな考えが並列的に並んでいるのではなく、異なった価値観に対する理解だと思います。疲れてきたり、辛くなると異なる考えについていけず、余計なトラブルを起こしてしまうので気をつけないといけないですね。

多様性に限らず、言葉のマジックにも常に気をつけたいものです。マスコミというのは耳心地の良い言葉を流すことが至上命題だ思っているのではと疑いたくなります。皆さんもマスコミの情報にはご用心を!

2007年1月23日 (火)

そろそろ雪祭り

Img_0814 札幌は、あと2週間ほどで雪祭りです。今年は雪が少ないおかげで、雪祭りに使用する雪を求めて、かなり遠方までトラックが走っているようです。ノルディック世界大会の会場でも、雪が少ないことが問題になり、雪祭りとの雪取り合戦の模様を呈しています。

思えば雪祭り。札幌に長く住んでいながら、雪祭りを見に行ったのは小学校の頃に数度だけ。だいたい、札幌に住んでいる他の人もそうでしょう。僕は小学校の頃、雪祭りのシーズンになると風邪をひいていました。まさに年に一度の恒例行事?

2007年1月21日 (日)

悪癖

昔から薄々は気づていたのですが、どうも私には誰構わず、議論を吹っかける悪癖があるようです。基本的に人との言葉のやり取りをする(もしくは応酬)のは好きなので、仕事でもそれ以外でも相手をけしかけてしまいます。議論がヒートアップするとむきになってしまい、そのつもりは無いのに、相手を傷つけてしまいます。

仕事でも必要以上に修正を求められたり、細かいことを言われるとつい、相手に説明を求めてしまいます。自分では理解したうえで仕事をしようと思っているのですが、スピードを求めている人にとっては、迷惑でしょうね。学生時代に研修にいった事務所でも言われたことがあります。「マリオくんは、納得しないと仕事しないよね。」確かに自分の思い通りにやってほしいと思う人は、スピードだけを求めている。研究室に戻ってから、研究室の人と話したとき、人は納得しないと動かないよねという結論になりました。

太平洋戦争開戦時の連合艦隊司令長官であった山本五十六の言葉と言われているものに次のようなものがあります。

「言って聞かせて、やって見せなければ、人は動かじ」

私もこの言葉の通りだと思うけど、現実の社会ではこういう考えを持っている人は少数だなあと思います。だから人の言った通りにしかできない人が多くなり、上からその下の世代に技術や知識が伝わらなくっているのでしょう。(元請け、下請けの関係もそう!)

そんなこんなで、議論好きの私は、担当者のチェックが入るたびに一言、言いたくなってしまうのです。(納得させられない、もしくは言葉を発しない方にも問題があるのかもしれないけど)言われたとおりにすれば良いのですがなかなかうまくいきませんね。最近のちょっとした悩みです。(私が天邪鬼だというのもあるけど)

本日より本格的に資格学校の通学がはじまりました。これからは今までのように頻繁にブログを更新することができなくなりますが、今後ともよろしく!

質問

皆さんに二つほど質問。

一つは、皆さんにとって、どんな建築が良い建築なんだろうということ。例えば3LDKで日当たりがよいだとか、個人の部屋があることとか。イメージでも具体的でも良いので教えてください。

二つ目は、来月、友人の結婚式があるのでスーツを新調しようと思います。普段、スーツなんて着ないのでどこのが良いのか分かりません。予算はそんなにないので、安くてよいスーツがあったら教えてください。ちなみにコムサは一般的過ぎておもしろくないので、ひとまず却下。

メールでも書き込みでも良いので質問に答えて頂ければ幸いです。

閉塞感

数年前、ある政治家と話したときにでてきた話です。「閉塞感」を感じるねと彼は話していました。わかるようでわからない、この感覚的な言葉は・・・?

個人がこうしたいという時に、色々なしがらみがでてきて自由に行動できない。悩みを抱えているが相談相手がいなくて出口が見えない。現状を打破したいが抜け出せないなどいろいろあると思います。なぜ、こうなってしまうのか。

一つ目は、日本では、物事の決定を個人がするのではなく、集団の意思として予定調和的に決められること。そのため、意思決定のプロセスが複雑になり、責任の所在が曖昧になる。(構造計算書偽造問題いわゆる姉歯事件でもそうでしたが、元請だの下請け、孫請け、発注者、施工者と一つの仕事に色々な人が絡みすぎている。そのため誰が最終的に責任をとるのかはっきりしない。意思決定や行動の遅さもこれが原因。)

二つ目は、日本人は仕事をするようになると、仕事だけに集中するので、仕事以外の人間関係をつくることができなくなる。(家族を持つとその傾向が顕著になる)そのため、自分の仕事を相対化(他分野との比較)できなくなるため、堂々巡りに陥り、新たな発想、もしくは顧客の開拓ができずに業績を悪化させる。質の悪化を量で補おうとするため、無理が生じる。(無意味な残業の増加など。)

建築でもそうだけど物事を成すためには、明確な目的を持ちそこにいたる方法をいろいろ試し、明らかな間違いでないかぎり、一度決定したことや約束したことはぶれてはいけない。

一度途切れた人間関係は修復するのがかなり大変なので、定期的に連絡を取り合うことも大切ですね。一人で悩んでいると出口が見えないことでも、友人に話すとすんなり解決することが多い気がします。特に現在のように、組織や社会においてタテの人間関係が崩壊しているような時代は、ヨコの連係というのは本当に大切だと思います。(持論の異業種交流もここに根ざしています。建築家達の集まりをみていてよく思いましたが、悪い意味で世の中とのズレを感じました。)我々の年齢は、責任のある仕事任されたり、家族をもったりと色々大変で、こういうことに気が回らなくなりがちだけど、常に意識したいですね。

Z党をみると、二世三世議員ばかり。彼らに新たなことを成す発想力があろうはずがない。そもそも、世の中の大概の人とは違い裕福な生活を送ってきた人が多いのだから、切実さに欠けている。そんなに彼らに何かを変えるだけの原動力があろうはずがない。A首相の美しい国もホームレスやニート、失業者の前では虚しい言葉でしかないでしょう。美しい国になると彼らはまともな職に就くことができて、まともな家に住めるのだろうか。掲げるのならもっと具体的な目標にするべきだ。結局、彼ら政治家自体が閉塞感の元凶であり、社会的に閉塞感を打破するには彼らのように既成の利権に群がる寄生虫の駆除が先決なのかもしれない。ちなみに、Z党が投票率上昇のキャンペーンしているのを聞いたことがない。それもそのはず投票率が落ちれば、組織票が強くなるから。だから我々は選挙にいかないとダメなんだよね。

2007年1月18日 (木)

関係

私が大学院にいたとき、先生から教わったことです。「建築はあらゆる関係の総体でなりたっている。」例えば、敷地と建築の関係。外に対して開く(例えばガラス張り)のか、閉じる(外に対して壁で閉じる)のか、曖昧(昔の縁側のような空間をつくる)にするのか。単純に考えただけでも3つの関係がでてきます。色々な関係を考えながら建築をつくりあげていくものだけど、最近、そうではないことが多いような気がする。

話が大きくなるけど、「六本木ヒルズ」がその典型だと思う。近隣に対して、関係をもってつくられていない。周辺と建築の大きさが全く違ったり、明らかに日照に対する環境を悪化させている。これはベクトルが内向きで、近隣はないものととらえらている。人間関係で言えば、他者が存在しない自己愛のかたまりのような空間がつくられているわけです。

自己の論理だけでは、関係をつくることができない。関係の成立しない建築、人間、社会は流れていく時間には耐えられない。要は相手にされなくなるんですね。わがままな人と付き合いたくないと思うのは人情だよなあと思う今日この頃です。

2007年1月17日 (水)

阪神大震災

今日は阪神大震災から12年。確か、センター試験が終わって数日だったと思います。震源近くの神戸がいつまで経っても震度がでなかったのを覚えています。数年前、学生だった時に、神戸に行きましたが、神戸市役所近くの街の中心部でさえ、ポツポツと空地があり、まだ復興の途上なのだなあと実感しました。

あの年、95年は本当にいろいろあったなあと思い出しながら、ニュースを見ていました。何か12年というのがそんなに昔の気がしないのは、歳をとったせいなのだろうか。自分ではまだ若いつもりなのだけど、まわりの友人達が結婚だ出産だというのを聞くと、おじさんに近づいていく自分に具合が悪くなる。いやいや、まだまだ大きいお兄さんだということにしておいてください。

今日は疲れた

今日は、全く相互関係のない3件のプロジェクトの仕事を同時にこなしました。

一つは、先月竣工した某実験施設の研修所の竣工図書の作図。詳細図はすごく疲れる。

二つ目は、今月竣工する某会館の竣工式で使う資料の作成。

三つ目は、とある施設の提案書の作成。

いずれも、明日以降も継続して作業。帰る頃にはいずれの担当者も居らず。いつものことだけど・・・。今日は疲れたのでもう寝ます。

2007年1月15日 (月)

上司批判

飲み会の席で、部下や年下の人間を前にし、上司批判を繰り広げることはあまり美しくないですね。(先日、聞かされてうんざり。さらにMさん特有のうそまじりの情報は不快そのもの。「断言するけど、○○さんは2ヶ月以内いなくなるから。」(このような話は3回ほど聞いたけど一度も事実であったことがない。言っているあなたがとばされないか気をつけた方が良いくらいです。))仕事上の士気にも関わります。下手をすれば、上からの指示がきちんと伝わらなくなり、組織運営上よろしくないです。(個人経営であればなおさら)

多少の不満はあるでしょうが(私はかなり不満がありますが)、自分なりの対応策を講じて対処するれば良いだけです。(現実はなかなかうまくいかないけど)代案のない批判は、ただの不平でしかない。不平からは何も生まれないだけでなく、まわりの雰囲気も悪くする。結局、仕事は人間関係が大切だということですね。

2007年1月14日 (日)

マスターズリーグ

Img_0811 今日、札幌ドームで行われたマスターズリーグ、札幌アンビシャス対福岡ドンタクズの試合を観戦してきました。チケットを2枚もらったので、友人のみっちと行ってきました。

試合開始前、フリーバッティングを見ましたが、現役をドロップアウトした選手達なので、全然遠くに飛ばない。

試合開始前のセレモニー。元日ハム選手のガンちゃんこと岩本選手の国歌斉唱。

試合は、一回裏に札幌が2点を先取。これが決勝点になり、札幌の勝ちでした。多く入っても2万人だろうと思っていたら本当に入場者は2万人でした。スポーツとしては、スピードやパワーに物足りなさを感じますが、往年の選手達の今を見るという意味では楽しめました。

ちなみに、札幌ドームはワールドカップサッカーの会場で唯一といっても良いくらい、現在も収支が黒字のスタジアムです。というか、稼働率良過ぎです。来月はノルディック世界選手権のクロスカントリーの会場として使われます。なぜドーム内部に雪を入れないといけないのかよく分かりませんが。

自分のことは自分で

基本的なことだけど、自分の事を自分でやらない、もしくはできない人が増えているような気がします。最近、特にそう思います。

例えば、除雪。自分の家の前に雪を置いていかれた憤慨する人がいますが、そんな細かいところまで行政が面倒をみたら行政は破たんします。運動不足の解消だと思って自分で雪をよければすむ話です。

深夜に店があいていないと憤慨する人。一昔前はだいたい8時くらいで店はしまっていたはずです。あらかじめそれを理解して買い物をすればよい。そんなに急いでいないのなら翌日に買い物をすればいいだけです。

内部の空調が効いていないと憤慨する人がいます。冬に半袖で寒いというのはなにごとでしょうか。寒ければ重ね着すればいいし、暑ければ上着を脱げばいい。あまり建築や設備に依存すると際限なくお金がかかります。

挙げれば切がありません。要は自分で何とかできることは自分でするという気持ちだと思います。はじめから他人をあてにすると、どこかに無理が出てくると思います。組織や会社、地域、もっと広げると社会は、共通の目的のために存在しています。でも、その理念や目的を忘れてしまうと、集団を維持することが目的化し、目先のことしか目に入らなくなります。こういったことに意識的でないと、この社会の未来は明るくならないでしょうね。

2007年1月12日 (金)

チャレンジャー

家に帰ってきた時に、宇宙飛行士の向井千秋のドラマをやっていたので思い出しました。

確か、小学校の3年生くらいだったか、アメリカのスペースシャトル「チャレンジャー」が打ち上げ時に空中爆発した事件がありました。ずっと朝からニュースでその名前が連呼されてたと思います。その当時、ファミコンのソフトで「チャレンジャー」というのあったのですが、僕は何を勘違いしたのか、このゲームが店頭で爆発したのかと思っていました。なんであんなものが爆発するのか不思議でなりませんでした。今、思えばアホな話ですが、当時の僕は真剣に考えていました。(ちなみにうちにはファミコンがありませんでした。僕は人生で一度もファミコンを持ったことがありません。)しかし、ある意味「チャレンジャー」でしたね、当時の僕。

2007年1月10日 (水)

固有名詞をわすれる

先日、友人達との新年会で小学校時代、集めていたものや、やっていたアニメの話になりました。

キン消し、ビックリマンシール、聖闘士星矢など。皆、それぞれでいろんな名前を出すのですが、僕一人、訳がわかりません。間違いなく彼らと同世代であり、彼らと同じようにアニメも漫画も見ていたのですが・・・。考えてみると、僕は固有名詞を覚えないという悪癖があるようです。最近でも建築の雑誌を見ているのでメディアで取り上げている限りの最新の建築はわかっているのに、建築家の名前や作品名を覚えていません。どういった建築だったかについてはよく覚えているのですが。どうやら、僕は物事を視覚的に覚えているのかもしれません。一度会った人の名前は忘れないのですが・・・。

固有名詞はきちんと覚えないとダメですね。飲みたい日本酒の銘柄も分からないようじゃ、おいしいものにはありつけそうになさそうだ。

でも、聖闘士星矢で一つだけ覚えていた。

「俺の宇宙よ燃えろ。ペガサス流星拳。(だったかな)」(一応、自分の星座<いて座>のクロスを持ってたけど、なんて名前だったか忘れてるんだよね、ペコさん知ってる?)

2007年1月 9日 (火)

モダンリビング

札幌は、一夜で一転して大雪になりましが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

さて、今日は某車メーカーのCMででてくるフレーズについてです。モダンリビングのような○×△な空間と言っていた様な気がするのですが、何のことか分かりますか?実は建築のきちんとした言葉ではないのです。

戦後直後まで日本の一般家庭では、食事も勉強も、寝るのも団らんも同じ部屋でした。ちゃぶ台のある「茶の間」といわれる空間です。当時の建築家達が一般家庭の衛生状態を向上させるため「寝食分離」つまり、寝る空間と食事の空間を分けることを考えたのです。そこででてきたのが「モダンリビング」です。今では当たり前になった「居間」もしくは「リビング」がそれです。戦後、流入してきたアメリカの文化が大きく影響していました。(nLDKも実はこれが影響しているのですが、これはまた後日。)

アメリカのテレビドラマが放送されていたこともあり、日本では生活くささのない、おしゃれな居間が広まっていきました。このモダンリビングの第一人者が一昨年なくなった初代札幌市立高専の校長でもあった「清家清(せいけきよし)」です。(我々の親の世代には、違いの分かる建築家といったら分かるはずです。(ネスカフェのCM))

そういう意味では、現在のCMの意味合いとはちょっとかけ離れていますね。単に格好の良い、おしゃれなリビングではなかったのですが、言葉も時代とともに変化するものですから仕方ないですね。

ネタについて

ブログに書こうと思うことはたくさんあるのですが、最近、友人達に僕の書いていることは難しいと言われます。本人も整理できていないことを無理やり引っ張り出してきて、書きながら整理していることが多いものですみません。また、元来、社会ネタが得意なものなのでついつい、そっちの方を向いてしまっています。そんな人間が建築をやっているのでこれまた、話が難しい方向へいってしまいます。もともと建築の本質的な話は、それに関わっている当事者達もわからないまま話をしているので、どうしても話が難しくなりがちです。(だから、建築家の書く文章は読み辛いと言われています。文章を書くのが下手だというのもあるのですが。)

僕もできるだけ多くの人に建築について興味をもってもらいたいと思うので、マリオ、わかんねーからもっと噛み砕いて説明してくれとか、こんな話を聞いたけど本当のところはどうなのよとかと質問なり意見を頂きたく思います。また、みなさんの近況なんかも教えていただけると嬉しいですね。

まあ、僕のブログなんで僕が吼えていても構わないのでしょうけど、なんか一人でもくもくと書いていると馬鹿みたいに思えてくるので、気軽に書き込んでくださいね。よろしく!

2007年1月 7日 (日)

給食

昨日は、高校時代の友人とその仲間達と新年会でした。

同世代の友人達と話すと当然、昔の話がでてきます。給食を食べていた時代の話になりました。何が好きだったか。僕は、ドライカレーとドリアでした。逆に、給食ででてくる肉じゃがが嫌いでした。なぜか。グリーンピース(色合いのために入れる意味がよくわかりません)が入っていたからなのですが、それ以上に入っていたいもがやたらと苦かったからです。

それと、ソフト麺の割り方です。みなさんはどうしていましたか?僕は箸で二つに割っていましたが、中には16分割したというツワモノもいました。さすがに割らないで麺につけた人はいないでしょう。

給食の話をしていたら久しぶりに給食が食べたくなりましたが、学校の先生にならない限り食べる機会はないのでしょうね。

2007年1月 5日 (金)

仕事初め

今日は仕事初めでした。予想通り、朝からきちんと働かされました。もちろん、残業です。

今年はあまり愚痴を書かないつもりでしたが、初日から頭にきました。それもとびきりです。久しぶりにマジ切れしそうになりました。切れていれば多分、中学以来だと思います。体が震えているのがわかりました。理性を保つので精一杯でした。

原因は、今やっている仕事です。大阪本店に言われたからここ直さなければ、あそこを直さなければと騒ぎ出したことです。それならいつものことなので腹は立ちつつも、従うのですが、今日は余計なことを言ってくれました。

担当者:「いよいよ。どうせ、大阪で全部直すからネタさえ揃えてくれれば。。。資料の体裁なんかも全部、適当でいいよ。どうせ向こうで直すから。」

俺:「なら、大阪に最初から全部やってもらえば良かったんじゃないですか?」

担当者:「いや~、勉強のためにやってるんだ」

俺:「じゃあ、構造に無理言って計算してもらっているのは何のためですか?」

担当者:「あいつらじゃ手に負えない世界があることを知らしめるため」

俺:「そうなんですか。(ふざけんなよ!)」

組織である以上、よほど命に関わることでなかったり、明らかな間違いでないかぎりは上の指示には従うべきだと思います。それでも、できる範囲で自分で考え、行動する。つまり、能動的かつ主体的に仕事をすることが良い仕事をするための一歩だと思ってました。でも、ここでは主体性を捨てて、お上に従うことが仕事なのかと思い失望しました。自分でできることすら放棄するのならば、彼らの存在意義は何なのだろうか。寄生虫以外の何者でもないでしょう。だから、北海道の人間は舐められるのです。北海道でどんなに頑張ったとしても寄生虫のような奴らのおかげで陽の目みることができない人たちがたくさんいるんです。見る者のレンズが初めから曇っていれば、歪んだ映像しか見えない。そんな状況に失望した人たちが北海道を離れて、どうしょうもない依存体質の人間と、本州で這い上がれなかった負け犬しかこの北の地には残らない。そのような場面を目のあたりにして、どうしようもない怒りがこみ上げてきました。理性が吹っ飛びそうな刹那で、まわりがどうであろうと俺だけは絶対にそうならないと改めて思いました。

今日は、不適切な言葉が多くなってしまいましたが、ご容赦ください。

2007年1月 3日 (水)

あけましておめでとうございます

みなさま、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

Img_0804 今年の年明けは、久しぶりに北海道神宮に初詣に行ってきました。境内に入るまで一時間はかかるだろうと覚悟していたのですが、並んでから30分しないで境内に入ることができました。思ったよりは人出はなかったのかもしれません。

1日は祖母の家へ。2日は中学時代の友人の関係の新年会へ。本日は久々にゆっくりしています。また、明日から仕事です。多分、挨拶する間もなく仕事でしょう・・・。

今年は色んな人と仕事ができると良いのですが。今年は資格学校に週3日、通うことになるのでなかなか時間が取れなくなると思いますが、機会があったら飲みに誘ってください。財布と時間が許す限りお付き合いします。今年は愚痴だけでなく、良い報告ができればと思いますので、「マリオ戦記」の方もよろしくお願いします。本人そっちのけで、情報交換の場に使って頂いて構いませんよ。とにかく書き込んでください。

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »