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2007年3月

2007年3月29日 (木)

多様性

最近、働き方、家族のあり方、社会のあり様などなどあらゆる場面で、多様性がうたわれている。偏見のない、いろいろな価値観が生まれるのは良いけど、本当に多様になったか疑問である。

そう思ったのは、修士論文を書いていたときである。私の修論は建築家の集合住宅の設計における創作論。簡単に言うと建築家が集合住宅を設計する時に何を考えて設計するのかを研究していたのだけど、最近の傾向として、不特定多数を対象として、どうとでも済める設計をするものであった。それは、核家族に囚われない、子供のいない夫婦、友人同士、単身者など単一的に捉えられない居住者を想定するものであった。そこでいつも唱えられていたのは「多様性」である。とにかくこの言葉で片付けられていた。

残念ながら、理想の上で多様性は存在するものの、現実ではあまり受け入れられていない。それは、基本的に一般の人たちは空間の認知の仕方、使い方の訓練をしていないからである。人は経験したことの中でしか物事を判断できない。何の教育もされていないのに理想を現実にはできない。

多様性は言論や制度としては存在するものの、現実には人々の無知と偏見のなかでうまくはいっていないのである。それが雇用の仕方に基づく、企業の収益の調整弁としての派遣社員の存在であったり、少子化の問題に結びついたり、格差の問題に繋がったりする。いい加減、言葉の戯れにはあきあきする。

本当の多様性は、様々な価値観が存在することを認め、それを許容する意識だ。

2007年3月26日 (月)

北海道の建築

今回は記念すべき100回目の投稿という事で、自己確認のためにも北海道において設計に関わっている以上、避けては通れない命題について書きたいと思います。

津軽海峡のこちら側と向こう側では、明らかに気候が違うのはみなさん、知っての通り。また、文化や歴史の違いもあります。都心部はともかく、郊外の住宅の密度の低さは日本の中でも特筆に値します。

そういったことが関係してか、日本のなかでも北海道の建築というカテゴリーが自然とできあがりました。古くは、もみじ台団地の戸建住宅地に多くみられる、コンクリートブロックと三角屋根の住宅や江別の市営住宅にみられるレンガ造の住宅。最近では、外断熱構法による住宅。(外断熱構法:断熱材を躯体の外側に配置し、壁体内の内部結露を防ぐことによって断熱性能の経年劣化を防ぐ。暖房作動の初期では室内が暖まりにくいが、一度温まると温度が下がりにくい。そのため省エネに効果がある。)

戦後、北海道の建築家達の勃興期においては、厳しい環境のため、日本の標準的建築とは違いがあった。しかし、官民あげての建築性能の向上によって、その差はなくなった。あくまでも性能の上では。

近年の北海道の建築家は、既存の技術に依拠することでまだその特殊性に依存する者、風土の違いのみを強調し、新たな空間を創造するのではなく、どこか牧歌的な感性による建築をつくり続ける者に大きく二分されている。残念ながら、建築の社会性、つまり、北海道という風土ではなく、もっと広い意味での環境(敷地の状況、施主の趣向や状況など)に正面から立ち向かって建築をつくる者がほとんど皆無である。これでは、建築の後進地域と思われても反論できない。私の学部時代の師も牧歌的な建築をつくる者だった。当然、私とはそりが合わなかった。

技術を推し進めることは良いが、それによってどのような空間がつくれるのかを指し示さなければ、プロトタイプとしての建築とは呼べない。また、社会状況を無視した牧歌的な建築つまるところ、進化しない個人によって繰り返し使用される手法にいかほどの価値があるのか。

北海道の建築家達は、北海道という風土に安堵し、北海道の建築と唱和することで、その優位さを保ってきた。(彼らがそう思っているだけだが)しかし、寒冷地における建築技術の確立は、気候の違いによって担保されてきた北海道の建築デザインの後進性を、否応にも露にしてしまった。我々は、やっとスタートラインに立ったのだ。北海道の建築という特殊性に安堵する時代は、もう過去のことである。

我々は、厳しい社会状況において、諦めることなく、その問題に正面から立ち向かい新たな建築空間を獲得しようではないか。

2007年3月25日 (日)

最近の車

ここで車の話をした覚えはないのですが、僕は昔から車好きです。(バイクも自転車も好きなので動くものなら何でも好きかも)

最近、車雑誌を見ていて思うのですが、フロントパネルにシフトレバーが突き出ている車が多いみたいですね。僕は古い人間だからなのかもしれないけど、とても違和感があります。よくシフトレバーに手を置いて運転しているのでフロントパネルにシフトがあると、手の置き場に困りそう。僕はマニュアル車に乗りたかったのだけど、昔から膝が悪いので長時間クラッチを踏み続けるのは無理なのでAT車です。

僕はかなり運転が荒いので、足回りのしっかりした車がお気に入りです。なのでスバル党です。ただ最近、マツダの車も気になります。昔、マツダの車には全く興味がなかったのですが、きちんとつくりこんでいて、かつ、デザインにも妥協がない点に僕の中では赤丸急上昇です。そのなかでもアクセラスポーツが一番のお気に入りです。(難点は比較的新しい車なので手ごろな中古車がないこと)無駄のないインパネデザイン、視認性の高いメーター類、スバルにも負けない足回りの強さ。早く、新車が買えるようになりたい!

2007年3月24日 (土)

政治家達の思惑

またまた、嫌な時期がやってきました。

それは、選挙。

私の職場は大通公園に面しているので、街頭演説の被害をもろに被ります。電気で増幅された声にも苛立つけど、話している内容は更に私を苛立たせる。おまけに選挙が近くにならないと連絡してこない友人がいるなど、選挙はろくなことがない。

具体的ではない耳心地の良いことばかりを並べ立てている、いつものパターン。立候補している連中は、物事を良くしようという気があるのか。

彼らの多くの思惑は、現状を維持できれば良いと考えているはず。だから、具体的な目標も掲げないし、夢見たいな理想しか語らない。経済界の指導層の支援さえ受けられれば、無党派層だろうが、老人だろうが、若者であろうがどうでも良いのである。(もっと言えば、政治資金という名の賄賂が手に入り、自分達の都合の良いように法律をつくれればよいのである)

政治は万人を納得させうるものではない。ある層に対して有利に物事を運ぶための道具の一つである。下水道に近づきたいと思う人は誰もいないが、必要ないと思う人はいないだろう。それと同じである。前にも書いたが、投票率が低くなることは、票を組織化できる候補を強くするだけである。格差を作り出しているのは選挙に行かない人間自身であり、政治家に格差を是正する気も力もない。

政治には多くを期待しないが、どうせ変わらないといって政治に無関心であってはならないのはそういうことである。政治への無関心は、政治家の腐敗と格差を拡大させるということを忘れてはいけない。

2007年3月18日 (日)

法規地獄

先週から、学科の講義が法規になりました。それにともない、宿題をこなすのにやたらと時間がかかる。厚さ10cmほどの法規をペラペラとめくりながら、法規に適合しているかどうかを判断します。(大きな本屋の資格本のコーナーに積まれているはずだから今度見てみて)法律独特のわかり辛い言い回しに慣れないのと、どこに何があるのかまだ把握できていないので、本当に時間がかかる。昨日なんか結局、2時間半しか寝られなかった。でも、その割りに今日はあまり眠くないんだよなあ。

コンペの疲れもとれてないし、宿題は進まないは、提出しても再提出。おまけに今週は祝日に模試があるはで、だいぶブルーです。哀れな子羊に誰か救いの手を・・・・・。

2007年3月17日 (土)

嫌がらせ

最近、自販機で千円札をいれて買った後のおつりが100円玉と10円だけで出くることが多い。100円×9、10円×9の18枚の硬貨。財布はふくれるし、重いし良いことがない。あまりに続くと誰かの嫌がらせかと思ってしまう。

責任者、でてこい!

言葉の消費

最近、同じ研究室出身の同年齢の先輩のブログを読んで色々思う。彼は今が旬の建築家の事務所のスタッフで、担当した作品で道内でも海外でも賞をとった切れ者である。東京のしかも超一流どころの建築家たちの中で、仕事をしているからその思考はさらに鍛えられている。(どこかの某ゼネコンの設計部で働いている人間からするとうらやましい限りだが、気持ちだけは負けてません。)

彼の書いていることはわかるし、個人のブログだからケチをつけるつもりは全くない。ただ、世の中にある建築を「図式」と「形式」の2元論で片付けて思考することに、とて違和感を覚える。表層をなぞるだけの建築は、単に消費の対象でしかないから僕は興味はない。その点では彼とは同意見である。しかしながら、彼のように世の建築を2元論で分析し、集約することにはあまり意味を見出せない。僕はまだみたことのない新たな空間を創造したいとは思っている(彼も僕以上に思ってそれを実践しているはず。)し、そのために論理立てて考える。でも彼のそれは何か建築を創造するために論をうっていると言うよりは、議論のための議論になっているのではないか。難解な言葉を並べ立てて言葉を消費しているように僕には思えた。(普段、僕が泥臭い仕事をしているせいで、ひがんでいるだけかもしれないけど)

昔、子供時代にテレビで見ていた、難しい言葉を並べ立てて悦に入っていた学者と同じ香りがしてあまり気分が良くなかった。言葉を消費すればするほど、一般人と建築家の距離が離れていくような気がする。やはり、建築家は自身の建築論について必要以上に雄弁に語らない方がよいのかもしれない。

2007年3月14日 (水)

14歳

今日は学校に行く直前に、明日、朝一で使う資料を集中して超特急でつくったので集中力が続きません。帰宅しても勉強ができないのでちょっとサボり。

数日前、仕事のあいまにあなたの精神年齢度チェックをしました。

結果は14歳。コメントが笑えた。「あなたはとても若いです。しかしながら年齢相応ではありません。もうすこし自分の歳を自覚してください。不気味です。」・・・。

なにも不気味まではいわなくてもいいじゃないか。でも、容姿も年齢不相応と言われるんだよね。こっちは年上ですが。わたしの年齢は、容姿と精神で20歳くらいの開きがあるのか。う~ん。ちなみに脳年齢は20歳でした。

(つまり、あんなものアテにならねーってことか。)

2007年3月11日 (日)

吉田カバン

吉田戦車の親戚ではありません。(こんな漫画家がいたことを覚えている人の方が少ないか)

僕が高校入学の時に購入して、今でも使っているカバンのメーカー。日本製で、価格も手ごろで、デザインも主張しすぎることがなく、丈夫で扱いやすいのでとても気に入っています。残念ながら、10年以上も使っているとあちこち壊れてきました。ただ、古いカバンでも修理してくれるそうなので一安心。

本日、その吉田カバンのポーターというブランドのカバンを購入。これまた1万円程度とリーゾナブルな価格。日本製なので物にも信頼がおける。(内需拡大にも貢献。)これで安心して、カバンを修理に出せる。

大きな仕事も区切りがついたので、今日はカバン探しをしていたけど、最近、カバン屋専門店が少なくなったんだね。逆にディスカウントショップでメイドイン○ャイナの物はよく見かけるのだけど、やはり彼らの仕事には信頼がおけない。買った以上は長く使いたいと思うしね。社会の流れに逆行しているかもしれないけど、こういうこだわりを持って物をつくっているところには頑張ってほしい。

2007年3月10日 (土)

やっと終わりました

やっと、コンペが終わりました。

提出したので仕事の内容が話せるようになりました。

札幌市民会館代替事業。つまり、建替え。ただ7年という期限付きの仮の市民会館です。7年間札幌市がリース会社から借り上げ、7年後にリース会社から札幌市に無条件譲渡されるというものです。なんとも、札幌市にとって都合の良い話です。(こういうのはPFI事業と言われ、自治体が民間会社から公共施設を借り上げる方式。)設計のコンペでは当たり前とされていることだけど、このコンペに参加したからといって、お金になるわけではない。コンペを取らなければただ徒労に終わってしまう。海外の設計コンペとは違い、参加料がでないのが日本のコンペ。発注者にとってとても有利な制度である。

しかしながら、来月に控えている札幌の市長選と関連があり、現市長の対立候補が当選すると、コンペを取ったとしても実現しない可能性がある。自治体のコンペではよくあることで、大概の場合、前の首長と対立している候補が当選すると、コンペの案が破棄されてしまうことがある。とても人を馬鹿にした話である。一個人の面子や体面のために我々は案をつくっているわけではない。その案にかけた想いと責任を何だと思っているのだろう。現在、ある自治体に対して建築家が集団訴訟を起こして裁判で争っています。邑楽町庁舎のコンペ。これは函館みらい大学のキャンパスを設計した山本理顕 氏が1等をとったコンペ。山本氏の事務所のHPで詳細について報告しているので、関心のある人はどうぞ。

それにしても、日本における建築家の社会的地位はとても低い。そもそも、認知すらされていない。(そもそも都知事選に立候補した黒川紀章なんて、みんな知らなかったでしょう。我々の親くらいだと女優 若尾文子の旦那という認識はあると思うけど)海外では、医師や弁護士と並ぶくらい、社会的地位が高く、責任もある職業なんだけどなあ。姉歯にみられるように責任感のない建築関係者が増えたおかげだ。(俺の持論としては、元請・下請という、責任の所在が明らではない日本独自の請負制度に問題があると考えているのだけど、解決は難しいなあ。)

たとえゆっくりでも、諦めず、前に進むだけだ。

2007年3月 4日 (日)

毎度

皆様、毎度のおこし、ありがとうございます。

コンペ終了まで1週間となりました。今週はさすがにブログを書く余裕がないと思います。仕事で文章能力を遺憾なく発揮中のため、家に帰ってきて文章を書く余力がありません。図面かいて、ポンチ絵描いて、3Dモデルをおこして、文章の推敲して、おまけに建築士の勉強もしてなので、ちょっと泣き言の一つも言いたい気分です。

終わったら誰か温泉に連れて行って!

2007年3月 3日 (土)

反省

久々に職場で怒鳴ってしまった。

事は現在、進行中であるコンペの仕事。一緒に仕事をしている外注の人の態度と言動に我慢の限界がきた。日頃世話になっているから多少のことには目をつむっていたが、さすがに今日の態度には堪忍袋の緒が切れた。堪忍袋の緒は切れるためにあるのだ。提出までまだもう少しあるから、それほど焦ることはないのに、なぜか一人で殺気立っている。自分から人と話すことを拒んでいるのに、誰もついてこないと一人で苛立っている。一々人の気持ちを逆なでするような傍若無人な態度と言動に・・・。

まあでも、30歳になった人間が大声で怒鳴るのはあまり美しくないと反省。(実はわざと怒鳴ったんだけどね。)でも、何歳になっても怒鳴りあっているのが私の職場ではある。

前にも書いたけど、30歳代後半から40歳くらいまでの人たちは本当にコミュニケーションをとるのが下手だ。(この外注の人もそう。)自分は間違えていない、悪いのは他人だというスタンスである。(もっと言うとガキだ。ガキの扱いに疲れた。)

明日も仕事だ。がんばろう。

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