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2007年4月

2007年4月29日 (日)

PDF

最近、PDFをみるア○ビーのアク○バットの調子が悪く、キチンとPDFファイルを見ることができません。おまけにパソコンの起動がとっても遅い!どうやら、ウィンドウズのアップデートが悪さをしているようなので、何の迷いもなく切りました。

ソフトにいろんな機能を付加するのは良いけど、使いやすさとか機能性だとかとは逆の岸に向かっているようでよろしくない。レディメイドのソフトでも機能を必要に応じて付加したり、切りすてるようなサービスに移行しないかな。そんなことを周りの人に言ったら、君は職人か?と言われてしまったけど、合理的に考えてもその方が良いと思うのだが。

建築も必要もない設備や仕上げが増えると、まちがいなく、ひどい建築になる。物事の本質はスリム化の向こう岸に存在する。

2007年4月28日 (土)

バイク

から離れ、もう3年半。今日は気晴らしに、バイク屋めぐりをしてきました。職場の人が最近、ヤマハのYZF750UK仕様を格安で購入した話をしていたので最近、バイクが気になります。(なんでも知合いのいる川崎のYSPから購入。自走で札幌まで乗ってきたそうです。)最近、排ガス規制で国内のバイクは軒並みその種類をへらしているみたいで、寂しい限りです。バイクは手放さないで持ってはいるのですが、お金がないから車検を取ってません。そのうち免許の限定解除もしたいのですが、とりあえず建築士が受かってからですね。

僕は’96年のCB400SF-Ver.Sを持っているので、今日見た中では同じ車種の最新機種であるボリドールが気になりました。ハーフカウルがついているのが最大の魅力。カウルがないと本当に辛い。高速走行では台風の中を歩いているようなものです。

今日見た中にはなかったけどビックバイクだったら、やはりカワサキのZZ-Rだね。もともと僕はツアラー志向なので。来年出る予定のGTも気になります。外産社だとBMWですね。車の方は興味ないけどバイクは好きです。買えないけど・・・。

バイクの魅力はやはり風を感じつつ走ることに尽きます。そして、だれでもない自分との戦いです。だからバイク乗りには一匹狼が多いのです。多分、僕もそうなんだと思います。

2007年4月26日 (木)

後輩

先日、建築家たちによるある展覧会のオープニングパーティに顔を出した時のことです。

その展覧会の設営の手伝いをしていた学生の中に僕の出た高校の後輩がいました。今はH大の建築の3年生だそうです。(M工大時代の研究室の後輩にも同じ高校の後輩が二人いたし、高校時代の同期でも美大の建築に行った奴や札幌の某有名構造設計事務所に勤めている奴がいるから我らがSK高校出身者は建築関係の仕事をしている人が多いのかもしれない。)

なんでもその後輩君は、これからどうやって建築の勉強をしたらよいのか悩んでいる様子。いくつかアドバイスをしてあげたら、後日、メールで「背中を押してもらえたようで勇気がでました」と感謝されました。誰かのなにげない言葉が何かのきっかけになることもあるんだなあと思い、あらためて言葉の大切さを思い知りました。何か言葉を発する時は、立場や状況を考えないととんでもないことになることもあるから気をつけましょう!(昔から人によく相談されるのだけど、俺の相談にのってくれる人がいない・・・。)

それにしても、その時に会った学生達は古風な若者だったなあ。向こうは20歳だったけど、歳の差を感じなかった(マジで)。基本的に社会人よりも学生の方が情報に敏感なものだけど、結構、情報には疎い感じだったなあ。北海道の人間の大らかさなのだろうか。のんびりもいいけど、もう少し緊張感を持った方がいいだろうな。

2007年4月24日 (火)

計画雇用

ここ2,3年の景気と団塊の世代の大量退職を受け、各企業とも若い人材を確保しようと躍起になっている。我々が就職活動していた就職長氷河期とは天と地以上の差がある。

そのため学生は、バブル景気以上の超売り手市場である。(ちなみに公務員の試験の受験者数は過去最低らしい。)

経済状況に合わせて、採用人数を上下するのは構わないけど、それによって、組織を構成する年齢層がアンバランスになり、組織運営上、極めて危機的状態になる。世代の違いによる仕事のスタイルや考え方を理解できなくなると余計なストレスを抱え、その人のフルスペックを発揮できなくなってしまう。また、今の若い人は基本的に我慢や忍耐という言葉とは無縁であり、仕事の内容に対してきちんと説明しないと働かない。仕事を辞めるのも早い。そのようなことを分かっているのだろうか。今までのように「いいからやれ」では通じないし、無理も通らない。

日本の企業っていつまで経っても、成長しないのね。いつになったら、きちんとした計画雇用ができるようになるのだろうか。基本的に今の日本の企業というのは人を育てる気がないのだろうね。(航空会社なんて、パイロットは社内研修ではなく、自主研修によってパイロットライセンスを取らないと入社できないみたいだしね。そなると自己資金をたくさん持っている奴の勝ちになる。僕の働いている会社も客先の子弟のコネ入社が多いようだし。)

なんにしても、これ以上我々は我慢するのではなく、立ち上がらないといけないのかもね。

2007年4月21日 (土)

階段室

仕事で階段室の検討をするため、階段の断面を書いていたときにふと思い出しました。

昔、僕は札幌の郊外のM団地に住んでいました。日本のいたるところに建てられた、5階建ての集合住宅です。僕は、その4階に住んでいました。4階から階段室の上をみると、他の階とちがい、とても高いところに天井があります。当時はなんとなく、その高さが面白く感じられました。

今、考えると、おそらく、リズムよく階高を重ねてきて、最上階でその規範が崩れるので、その違和感に興味を覚えたのかもしれません。昔から人と違うことをするのが好きだったので違うことが心地よく思えたのでしょう。それと、人は手に入れられないものや手に届かないものに魅かれる。人間は宇宙や深海、高い山なんかに魅入られますよね。届かない天井なんていうのも子供心には手に届かないものに感じたのかもしれません。(まあ、そんな高いところは今だって届かないけど)

最近、仕事が忙しくてグロッキー状態です。社員がきちんと働かないから外注やバイトがひどい目にあっています。高い能力は望まないから給料分だけ、きっちり働いて欲しい。(一応、奴らは業界トップクラスの給料をもらってるんだけどなあ。)仕事を丸投げして、いなくなったり、責任を回避し続ける。都合が悪くなると責任を擦り付ける。口を出すなら一緒に手を動かす。手を動かさないのなら口を出さない。働いていない奴には給料を渡さない。みだりに交際費を使わせない。面子や体面を気にした中身のない話にはもう、うんざり。働くのがバカバカしくなってくる。肩書きがなければ何もできないようなバカと一緒に仕事をするのはそろそろ限界だ。進退を考える頃合かもしれない。俺、建築の設計の仕事をしているんだよなと疑いたくなる最近です。

2007年4月18日 (水)

申し込み

今週のはじめから、建築士の試験の申し込みがはじまりました。今日は家に帰ってきてから、申し込みをインターネットでやっていたので何もできませんでした。昨年は、建築士事務所協会に行って願書をもらってきたり、卒業証明書や修了証明書、大学院での研究の成果やら色々、揃えるのが大変だったけど、今年はインターネットで終わりました。

一級建築士の受験資格は、学歴だけでは会得できないので当然、実務の年数が必要になるのだけど、現行の制度では、なんちゃって実務経験でもばれないようです。

建築士試験の申し込みは、郵送では終わりません。必ず、実務経験の内容を審査されます。(僕の場合は、大学院での研究も実務経験にカウントされます。でも、実務と研究は全く違うから同列に並べるのはおかしいですね。そう思っていたら、改正建築士法では、大学院修了は実務経験にカウントされなくなるようです。)若い人が審査を受ける時、必ず言われることがあるそうです。

審査人「実務経験の内容は何ですか?」

被審査人「○○の設計です。」

審査人「嘘つけ!設計補助だろう。」

審査人が小言を言うのはどうかと思うよね。現行の制度がそうなのだから、文句があるのなら国土交通省の役人に言ってくれ!

2007年4月12日 (木)

最近の子供事情から

昨日の夕刊に、最近、テレビのゴールデンタイムからアニメが撤退しているという記事が出ていた。何でも最近の子供は塾に習い事と大人顔負けに忙しいらしい。そんなんで、そんな時間にテレビを見ているお子様はいないらしい。昔、アラレちゃんは視聴率30%を超えていたとか。最近の子供の楽しみは何だろう。

その代わりに、深夜枠のアニメが増えている。この時間、視聴率なんか取れないだろうと思っていたがやっぱり取れないようだ。では、なんで放送されているのか。DVDにして売るからだそうだ。宣伝費と思えば深夜枠の放送で視聴率が取れようが取れまいがどうでも良いらしい。

前々から思っていたが、最近のテレビはコンテンツが多すぎる。もう少しペースを落としてよい番組をつくったらと言いたくなる。あんまり、つくりすぎると○る○る大事典みたいになってしまうよ。

見る側のメディアリテラシーも必要だが、作る側、放送する側の自制心が必要なのではと思う。くだらない情報が多すぎる。

2007年4月11日 (水)

参照枠

ある建築家のブログを読んでいてハッと思いました。ある会合で、最近の建築界は、「参照枠」が小さいのではという議論になったと記してあった。端的にいうとデザインが自閉的であるということである。自閉的であるというのは、社会との接点を持たず、持論に固執し、その枠から出ないということである。残念ながら、それではブレークスルーは起こらないし、一歩ひいたところから客観的にみないと、その世界の問題点は浮き上がらないから、堂々巡りである。

よく、ネット社会になってコミュニケーションの手段が増えたとマスコミは宣伝していたけど、実情はその逆である。買い物もコミュニケーションも手続きもすべてネットでできるようになったから、生身の人間を相手にしなくても良くなった。他人を相手にしなければならないという不快から解放されたのである。それだけにネット人間は、特定の分野における深い知識はあるが(オタクにみられるように)、知識や交友関係に広がりがない。それと参照枠の小ささとはとても関係があるように思えた。

所詮、人間は一人では生きられないし、色んな人の有象無象の思いや知恵が交錯して、社会が成り立っている。だから、常に色んな人に会って、知性を養うことは必要だなあと再確認。

閑話休題。それにしても、建築家・黒川紀章の狂乱振りには閉口だ。頼むから誰か彼に引導を渡してくれ!中身のないパフォーマンスには何の興味ももてない。建築家は奇人変人ではないから、誤解しないでね。あれは、稀な特殊解です。

2007年4月 7日 (土)

間というものを皆さんは、なんとなくわかりますよね。

建築のプランを間取りといったり、空のスペースを間といったり、何もない時間を間といったりします。しかしながら、これは日本にしかない概念で、英語をはじめ海外の言語には、これを的確に訳せる語がありません。

海外では特に欧米では、曖昧な概念が存在しません。例えば好きという言葉も英語では、likeとloveでは意味が全く違います。

そのように考えると、居間=リビングではないということがなんとなくわかるでしょう。居間には明確な機能が存在しない。一方で、リビングには家族の団らんをする場所という明確な目的が存在する。(海外でリビングにベットを持ってきて寝ようとする人はいないけど、日本では居間に布団を敷くことに違和感がないでしょ!)

仕事の上では明確さは必要だけど、空間をつくったり、プライベートな人間関係では曖昧さは大切だと思う最近です。

2007年4月 4日 (水)

春の大掃除

職場では、年度が改まるのを前に席替えが行われました。なんせ、設計部の席替えなのでカタログやら図面やらで出るは出るは、ゴミの山。席替え後を見渡すと、見通しがよくなったこと。前が視界1mだとしたら、後は50mくらいになりました。どうも、席替えの真相は、ゴミの山と化していた設計部を見かねた、総務が席替え命令を発令したとか。

とは言え、僕の席とその周辺にはなんの影響もありません。ただ、一時的だけど、ダンボールの箱が山積みされているの気になる。

前に、無印良品や携帯電話のデザインで有名な深澤直人というデザイナーの著書、『デザインの輪郭』の中に、「デザイナーたるもの、自分の身の回りに気をつけるべきだ。できない奴は、デザイナーたる資格がない」みたいなことを書いていたのを思いだす。この設計部にはデザイナーはいないのかな?

2007年4月 3日 (火)

5月の連休

少し気が早いですが、5月の連休に久しぶりに泊まりで出かけます。といっても、また函館。友人3人(男だけというのがまた悲壮感倍増させるわけですが・・・)と湯の川温泉にいきます。函館在中の方、もしよければ一緒に飲みましょう!

4月に入ってから札幌は寒い日が続いています。東京では桜が満開のようですが、暖冬とはいえ、北海道の春はまだ遠い。どんよりしている空を見ていると、小学生だった頃、春休みなると春を待っていたかのように自転車をだして、乗り回していたのを思い出します。この時期のどんよりしている空は、僕の中では春が来たなあと思わせる、季節のバロメーターでした。あの頃は、空はどんよりでも心は桜満開だったなあ。

2007年4月 2日 (月)

更新、滞る

すみません。最近、更新が滞っています。

年明けからの疲れと建築士の法規の勉強が進まなかったことによって、先週は疲労がピークを迎えました。よって、自主的なノー残業デーにより、疲労を回復させました。(と言いつつ、昨夜は2時間半しか眠れなかった)そのためブログの更新をセーブしていました。

また、合間をみて更新させますのでよろしく!

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