« ワイドショー的情報開示に思う | トップページ | 思えば遠くへ »

2007年9月12日 (水)

建築基準法改正

今年の6月に建築基準法が改正された。一般には周知されていないので建築関係の仕事をしていない人には知られていない。

通常、建築基準法は建物に倒壊被害が出るような大地震の数年後に改正されることが多いのだけど、今回はマンション耐震偽造問題いわゆる姉歯事件に関連して改正されたものである。改正のポイントは、①構造計算書の第三者機関によるチェック、②設計変更に対する厳格な処置(確認変更申請中の工事ストップ)などである。構造に関する部分がかなり厳格に法制化されたとともに、今まで慣習的に許されてきたことが厳格に法制化されたためできなくなり、現場に相当な混乱が起こっている。

難しく書いてしまったが、つまり、工事着工後の設計変更は基本的に認めませんよということであり、行政側や民間の確認審査機関に対しては、きちんと構造計算書を確認しなさいということである。(信じられないことだけど、地方の自治体によっては構造計算書をきちんと確認しないで確認申請を通していたところもある)

確認申請の厳格化は、審査に時間がかかるため小規模の設計事務所にとっては死活問題であり、今後、事務所を閉鎖するところが増加すると思われる。(瑕疵に対する補償能力のない中小規模の設計事務所は認めないという国土交通省の意思表示のようにも思える。)

現場がはじまってから当初のイメージとは違うから設計を変更することは、問題のある行為ではない。むしろ建築文化を向上させるためには必要なことだ。しかしながら、一部の不届き者のために法改正が行われ、設計の自由度を奪われるのはとても不幸なことだ。そもそも姉歯事件にしても、法制度が間違っていたわけではなく、法の運用レベルの問題であるのに、世論に押されるかたちで法改正をしてしまった。ここ数日、同じことを言っているような気がするが、どんなに制度を厳しくしたところでそれがきちんと運用されていなければ、ないのと同じだ。(飲食店のビルに行った時によく見て欲しいのだけど、非常階段や非常扉に荷物が積んであることがある。これらはどんなに法を厳しくしてもそこを使っている人たちの意識が変わらないかぎり改善されることはないだろう。消防法を厳しくすることでななく、消防士の啓蒙活動が大事だと思う。)

だから僕は、規制や法律を増やすことにかなり疑問をもっている。どんなに良いバイクを持っていてもライディングの技術がなければ峠を楽しく走ることはできないのと同じだと思う。逆に言えば、排気量の小さなバイクでも腕次第では、排気量の大きいバイクを負かすことができる。

« ワイドショー的情報開示に思う | トップページ | 思えば遠くへ »

コメント

どんな法律でも、法律は最低限度の事しか書かれていない。
だから法律を破るという事は、最低限度のレベルを割ってしまっているという事である。

身近なところで道路交通法があるが、あれも色々と難しく書かれているが、実に最低限度の事が書かれているのだ。
だから本来は守って当たり前、しかも法律以上の事をしなければ、交通事故は絶対に消えないと思う。
例えば、後部座席のシートベルト着用。
来年からは前席同様に法的規制の対象になるが、どうやら(現段階は)「後部座席はシートベルトをしなくて良い」と勘違いしている人が圧倒的に多い。
現行法では確かに「後部座席もシートベルトをしなさい」と書かれていないが、「後部座席はシートベルトをしなくて良い」とも書かれていない。

道交法を例にとってましたが、「法律に書かれていないので、やらなくて良い」という風潮にありますよね。
本当はそうではないのですが…。

こちらでは初めてですね。

実需にかなり影響が出ています。
今年は厳しそうです…

SHさん>
確かに一般論としては、法律は最低限のことしか既定されていないと思われているけどそうでないことも最近は多いと思う。PL法なんかはその最たるものだと思う。国は省資源だ、エコだといいながら電化製品では中古品の売買を難しくしてしまった。その内情を伺うに、許認可を出している省庁の本来の責任をメーカーに押し付けて、責任を回避しているように思える。建築基準法もそう思える節がある。以前に僕のことを政治にしか興味がないのではないかと言った人がいるけど、きちんと監視しないとろくなことをしないのが日本の官僚達だから自ずと目が行くだけです。ぼくらの仕事は常に法律との戦いでもあるからだけど。なんにしても、重要な法律が国民に周知される間もなく、ぽんぽん決まるのは日本人の多くが政治に無関心になってしまったからだ。

かでる さん>
ここでは、はじめましてですね。ようこそ。

法改正後の前年同月比の建設状況は、2割減。経済状況が良い中での減少であることからしても、事の重大さが分かってまらえるだろうか。そこにきて物資不足による建材の高騰。建築業界にとってとても厳しい状況です。企業の生産活動に水を差さなければ良いのですが・・・。
木材は、混構造や木造の大規模建築が難しくなったことから、厳しい状況は改善しないかもしれない。住宅レベルで言えば、規格化の難しい在来は減少し、海外の安い木材を使用して工場生産するプレファブメーカーに受注が流れることになるでしょう。そうなれば、地方の財政的に体力のない工務店は廃業を余儀なくされるかもしれない。

マリオさん、私が言いたい事は、そういうことではない。
不合理な法律は自由に変える事を憲法で認めています。
それには大変な労力が必要とされるし、改正によって得られるものや公共性も多く必要とされるが…。
それはさておき、法治国家で生きていく以上、現行法を守る事は必要です。
法律を守った上で、更に「どうやったら安全か?」「どうしたら快適に暮らせるか?」「どうやったら皆楽しく過ごせるか?」etcそういう事を常に考える事が必要だと言いたいのです。
常に法律の上位をいくような努力を必要とするのではないでしょうか。
誤解なきように書いておきますが、堀江事件や姉歯事件は、決して法律の上位をいっているのではなく、私にとっては単なる悪事です。

不合理な法か否かというのは、立場が違えば捉え方も違うので簡単には言えない。
法がありそれを守れば絶対で、それでも何か起きたときは国の責任だと言うのは違うと思う。(それは法律を盾にして個人の責任を回避しているだけだと思う。)個々の状況を細かく既定することは無理だし、それは運用レベルで解決することなのではないだろうか。残念だけど、最近は法律も細かく色々なことを既定して、法律に合致しているかどうかを確認することで精一杯で、仕事に従事している人たちから気持ちの余裕を奪っている。こういったことが本当に公共性を獲得することや安全を守ることに繋がっているとは思えない。また、法律を必要以上に厳格にすることは様々な局面で均質化を招き、社会や街から個性や差違といったものを奪っていくことだとも思う。そういう世の中は楽しく快適にすごしていけるのだろうか。
姉歯事件に関して言えば、建築基準法の不備ではなく運用上の問題だったはず。姉歯氏や施工側の木村建設の行為は、専門家の倫理観に反したものであったし、それらの行為を確認できなかった民間確認機関や行政の運用上のミスだった。それなのに世論に押される形で法改正をしてしまった。結局、守らなければならないことが増えただけで、運用上の問題は何も改善されていない。僕は運用上のミスや脱法行為を減らすには、法律をスリム化することだと思っているだけです。
最後に、僕が法律との戦いだと言ったのは、現在の建築基準法が不合理な法律だと言っているのではなく、単に実務の中で法律を確認しなければならないことが多いという意味であることを付け足しておきます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 建築基準法改正:

« ワイドショー的情報開示に思う | トップページ | 思えば遠くへ »