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2007年9月 9日 (日)

妊婦たらい回しに思う

昨年と今年と二年続けて、妊婦がたらい回しにあった事件。当初は地方特有の医者不足とそれをわかっていながら、搬送制度に不備があるのを知りながら放置した自治体と受け入れ側の病院の不備が問題であると思われていた。だけど、最近の新聞報道によると、搬送される側の妊婦にも問題があったことが判明した。同様の事例が各地で発生しており、そのほとんどがかかりつけ医のいない妊婦であった。つまり、妊娠しているのを知っていながら、病院に通院していなかったのである。現在の日本の医療制度では、他院に通っている患者や重病でありながら通院していない患者を敬遠する傾向にある。(僕も持病をもっているが地方にいたとき、風邪をひいた際、点滴を打ってもらおうと夜間診療に行ったが、やはり、他院にかかっているからという理由でそちらに行ってくださいと言われた。今辛くて来ているのに、時間とお金をかけてなぜ、遠くの病院に行かねばならないのか。その時は、いいから打てと僕が言ったので点滴を打ってもらえたが、他人の患者にはとても及び腰だ。これでもそこは地方の拠点病院である。)それは、何か起きたときに責任を取りたくないという防衛策であるとともに、医師が記入するカルテが患者個人の所有物ではなく医師の持ち物であり、その情報が医師間で共有されていないことが問題なのである。

話がそれてしまったけど、妊娠していながら通院せず、何か起きたときにたらい回しされるのは起こるべくしておこったのだとすれば人の命に対してあまりにも安易すぎる。ただ、健康保険も払えず、それで病院に行けなかった場合もあるようなので患者を一方的に責めるわけにもいかない。(健康保険もなく妊娠させるな、するなという気持ちはあるが)何にしても、産婦人科に関することだけではなく、医療政策、一般の人の医療に対する認識、医師の認識それぞれで今までとは違うのだという、意識の変革が必要な時なのかもしれない。

テレビで見たが、そんななかでも、宮崎県の有事の際の妊婦受け入れ制度は頑張っているなあと感じた。一次受け入れであるいわゆる街医者ができるだけ受け入れて、それでも対処できない場合は、二次受け入れである中核病院、三次受け入れである大学病院が面倒を見る。街医者ができるだけ受け入れる変わりに、大病院は満床でも絶対に受け入れを拒否しない。

なかなか安心できる制度はできないので、健康面で困った時に相談できるかかりつけ医は必要だと思う。

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コメント

このニュースを最初に耳にした時、確かに「またか…。何の改善もされていないのか…。」と思いました。
以前にも同様の問題が、同県であった事を私は記憶しています。

しかし、その後の報道で、マリオさん同様に妊婦側の知識の低さも感じました。
私の女房も2人目を妊娠中。
1人目の時に流産しかけ、その時は1ヶ月ぐらい絶対安静で、毎日流産止めの注射を打ちに掛かり付けの産婦人科医へ行くこと、トイレ・風呂・食事以外は「立っちゃダメ!」とも医師から言われたほどです(その後、無事に育っていますが)。
ですので2人目の懐妊した時点で、無理をせず、身体を大事にしてもらっています。
1人目のヤンチャ坊主がいるので、そうも中々いきませんが、何とか私が協力できる範囲で協力をして…。

話を戻します。
今回の妊婦たらい回しの問題も、この妊婦は以前にも流産を経験しているそうではないですか。
その時に「流産しやすい体であると医師に言われている」と救急隊に伝えているではないですか。
そういう人が妊娠を自覚しながら、深夜にブラブラと付き添いの男と買い物へ出掛けますか!?
常識では考えられません。
事情も知らずに中傷的な事を書いてしまうのもどうかと思いましたが、お腹の中にいる子供の事をもっと考え、親としての自覚を持って欲しいものです。

この妊婦たらい回しに限らず、自分の責任をさておき、悪いことが起こるとそれをすぐに他人や制度に責任を転嫁する人がいます。大概そういう人は規制を厳しくしろと言います。でも、よく考えてください。どんなに、制度を整え規制を厳しくしても、意識が変わらない限りは何も変わらない。むしろ物事が悪化することが多いのではないだろうか。抜け道をつくったり、事実を隠したり、物事の本質が見えにくくなるような気がします。だからといって何でも自己責任で片付けられるのは乱暴に過ぎると思うのですが・・・。
だから僕は気づいたら、後で文句を言うのではなく、その場で本人に伝えます。必要なのは、及び腰ではなく積極的な行動。悪いものには悪い、良いものは良いと言わないと、何も変わらないと僕自身は思っています。

日本の法律は、実に曖昧な点も残されています。
それには意図があり、日本人が昔から伝承されてきた常識やマナーに任せるという事、仕事に関しては昔から伝承されてきている技術・技能を活かせるようにしてあるからです。
いわゆる『人間性』という規制の中で、ある程度は自由にできるように活動できるような国であり、日本の良さでした。
しかしここまで人間性が多様化されてしまうと、ある程度は法的規制を厳しくするしかないのではないでしょうか。
もちろん、それによって今まで真面目にやってきた人間にも自由が奪われてしまったり、面倒臭い事が増えてしまったりと、理不尽な点も増えてしまいますが。
法的規制で縛るしかないところまできているという事は、日本人が元来持っている人間性が欠けてきたとしかいいようがないと思います。
寂しい世の中です。

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