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2009年1月

2009年1月28日 (水)

なつかしい光景

今日、仕事で昔、住んでいた家の近くに行きました。札幌の東、テクノパークです。

僕の職場で10年前に竣工した某メーカーのソフトセンターに実測に行ってきました。この建物、かつて僕の母校である小学校のスキー学習で使用した丘陵の正面にあり、かつ小学校の同級生の家の裏にあたります。

訪れた時、たまたま、母校のスキー学習が行われていました。卒業してから数十年。あいもかわらず、やってるなあと少し懐かしくなりました。

この建物からかつて住んでいた方角もよく見えたのでとても懐かしかったです。(今日の位置から見たことがなかったのでとても新鮮でした。)

2009年1月25日 (日)

ネオテニー・ジャパン

昨日は久しぶりに休日出勤。

とはいえ、昼から夕方までの短い時間でしたが。もともとこの日は、札幌芸術の森に出かけようと思っていたので、仕事が終わりすぐに帰宅。少し休んでから、車で芸術の森まで。雪のない季節であれば、家からでも30分強で行けるのですが1時間近くかかりました。路面も凍結していて、何かの拍子で反対車線に出そうな感じでしたから慎重に走ったからでしょうか。

今日まで開催の「ネオテニー・ジャパン」を観賞するのが目的でした。通常だったら、開館時間は17:00までなので仕事を終えてからでは行けないのですが、最終日の前日であるこの日は20:00まで開館時間が延長されていたのでゆっくり観賞することができました。美術館が夜まで開館していると仕事を終えた後でも観賞しに行くことができるので、普段もこうしてもらえると助かるのですが。

展示の内容は、東京の精神科医、高橋龍太郎氏のコレクションからセレクトされた若手アーティストの作品の展示。最近有名な奈良美智や村上隆などの作品もありました。

その中でも僕のお気に入りは、山口晃です。一見すると昔ながらの屏風絵なんだけど、よく見ると着物姿の人の中に現代の服装をした人が混ざっていたり、鎧姿の武者がバイクに乗っていたりと、テイストは昔ながらの和風なんだけど、モチーフが現代的です。そういちぐはぐさがさらっと自然に描かれているのがとてもおもしく感じられます。それでいて、構図なんかはすごく計算されつくしていて感心するばかりでした。

2009年1月21日 (水)

冬は徒歩

最近、残業が急に多くなって疲れ気味です。

今日も遅くなり、さてJRに乗ろうと大通からてくてく札幌駅まで歩く。改札の前に人だかりが・・・。嫌な予感。そう、毎年恒例の雪による大量、運休とダイヤの乱れ。

何時の頃か一時期、「冬はJR」というCMが流れていましたが、最近では、すっかり見なくなりましたね。朝からまるで北陸のような水分を大量に含んだ雪が降ればそれは遅れます。遅れるのは良いのですが、駅員の反応は相変わらずイマイチ。競合相手がいないとダメですね。サービスがまったく向上しない。心なしか、女性の駅員が多かったような気がするけど、客との無用な争いを避けるためでしょうか。

僕がいつも乗っている路線は、運行の目途が立たないので別の路線に乗って最寄の駅で降りました。最寄といっても家まで40分かかるんです。

雪が降ると車も鉄道もダメですが、徒歩だとほぼオンタイムでつくことができます。「冬は徒歩」に限る?

2009年1月14日 (水)

多神教の日本では、一神教のキリストやイスラム圏の文化と比べると厳しい戒律がない。それは、日本の自由な文化を生む土壌になったと同時に不正や腐敗の温床になったというマイナスの面もあったのだろうと思う。ただ日本には「世間の目」という、恥を知る文化があったから人に迷惑をかけることを戒めたり、やり過ぎを防いだ側面があって、「真面目な日本人」を形作ったのだろう思う。

残念ながら、今その「恥を知る」文化が壊れてしまって、不真面目や不正がはびこってしまったのだと思うと悲しい限りです。あまり「世間の目」を気にしすぎるのはよくないけれど、「世間の目」つまり「恥」を知るからこそ、自分を律し、人に迷惑をかけることを戒め、安全で豊かな社会をつくってきたのでしょう。

小学校で英語を学ぶ前に、「恥」を教えた方が良いのではと思います。

2009年1月 7日 (水)

補足

先日の「派遣切りに思うこと」に補足。

正規労働者が恵まれすぎているというのは賃金の面ではなく、年金や健康保険等の社会保障についてである。

労働状況は、残業が常態化していたり、休みもまともに取れないこともあることを考えると決して恵まれているとは言えない。

今までは家族や企業が手厚く個人の面倒をみてきた。しかしながら、これだけ経済が冷え込み低成長を続け、個人同士の結びつきもズタズタにされてしまった後では、社会保障に関しては国が主体的に行い、不公平を生じさせてはならないと考える。その意味で、社会保障は、単一機構による単一制度に統一することがベストな方法なのではないかと思う。

2009年1月 4日 (日)

派遣切りに思うこと

派遣切りの報道に限ったことではないと思いますが、契約を更新しなかったり、契約を中途で打ち切ったりする企業が悪で、契約を打ち切られた人たちが正義というように勧善懲悪的な報道には呆れるばかりです。もともと期間工や派遣は、現行の法制度では企業の対応事態は違法ではありません。(倫理的にはかなりの問題だと思いますが)

正規労働者として働かない場合は実務経験として認知しない社会風潮があり、一度非正規労働者として働いていしまうとそこから抜け出せない。また、企業の雇用制度が政府のセイフティネットに比べて進みすぎているので、非正規雇用の増えた現在の日本で大量の失業者を救う術がないのが実情のはずである。それに目を向けることなく一方的に企業を批判しても何の解決にもならないのは自明の理。今必要なのは、企業に雇えというのではなく、一時的にしろ国が彼らの最低限の生活つまり、住むところ、健康、将来に対する備えを準備することであるはずである。

私自身は、若い人が一時的に例えば、大学に行くためのお金を稼いだり、社会経験として非正規雇用として働くことは悪いことだとは思いません。しかしながら、日本ではある規範から外れることを許容しない風潮がある。新卒でなければ雇用しないだとか、中途で採用されたものは出世しないだとか。それは、既得権益をもっている人たちが、その恵まれすぎた権益を手放さないからである。物事の本質を度外視し、自らの保身にばかり熱心になる。そうなれば視野は狭くなるし、考え方も柔軟でなくなる。これでは、日本の未来は決して明るくないでしょう。

日本人に欠けているのは、将来どうするかという視点だと私は思ってます。企業も政府も国民も。物事はその場は切り抜けれれば良いというものではない。将来に対してどうするかというビジョンと、現状の把握である。ただの人気取りや受け狙いでは何の解決にもつながらない。自分達の置かれている立場と周囲の状況をもうすこし観た方が良いのではなかろうか。

自由とばかりにやりたい放題に物事をめちゃくちゃにし、やばくなったら責任放棄と責任転嫁。これでは誰もまともに仕事なんてしなくなるだろうけど、この国の偉い人たちは、国民や社員が疲弊して誰もいなくなっても、高級料亭でバカ騒ぎしてるんでしょうかね。

PS:一つ気になることがあります。派遣切りにあった人たちで金がないのにタバコを吸っている人たちです。やっていることと言っていることが矛盾していないか。タバコなんて吸う余裕があるんだったらもっと他のものにお金を使え!とても違和感を覚えます

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