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2009年5月

2009年5月30日 (土)

夏休みの宿題

皆さんは、学生時代、夏休みの宿題をどう終わらせましたか?僕は、夏休みの始めに計画的に終わらせて、残りの休みを満喫するほうでした。

仕事でも、提案の日や納期など色々な締め切りがありますが、学生時代の夏休みの宿題のこなし方が仕事のスタンスに現れているようです。

僕は前述したように、物事を計画的に終わらせます。急いでやることもできますが精神的に疲労してしまうのでやりません。残念ながら僕の職場では、ギリギリまでなにもやらないで、提案の日が近づくと人が変わったようにドタバタして周りに迷惑をかける人が多いようです。そういう人たちに学生時代、夏休みの宿題はどうしてましたかと聞くと、「ギリギリまでやらない」とか「人のを写した」そうです。

学生なら、被害は自分ひとりですが、仕事では多くの人に迷惑をかけるし、そんなギリギリでやっていたら質も低下するし良いことはないのですが、一体、社会人を何年やっているのだろうと思います。

2009年5月24日 (日)

忙しい時に限って・・・

昨年からの世界的経済不振の影響でいつもに比べて仕事が少なく残業することがめっきり減っていました。なにせ、日本の建築業界は製造業の活動が活発でないと、その影響が直撃します。今年はこの調子で仕事は少ないのかなあと楽観していました。(本当はダメなんだけど)僕も今年の建築士試験に向け、本格的に学校が始まり日曜日がなくなってしまいました。丁度、いいかなあと思っていました。

がしかし、どこにおわすかわからない神様がいじわるをしているのか、平穏無事に過ごすことを良しとはしてくれないようです。

今週は、突如として忙しくなりました。昼休みはなくなるは土曜日は休日出勤するは、もうヘロヘロです。おまけに今日、学校に持っていく宿題を終わらせるのに、昨日は仕事から帰ってきて部屋で缶詰。気づいたら、日をまたいでいました。プライベートで忙しくなると、同時に仕事も忙しくなるなんて、僕は何か悪いことでもしたのでしょうか?(胸に手を当てると数知れず思い当たるので止めておきますが)

そんなんでも救いは、去年から続けている一駅前で降りて歩いて帰る「プチエクササイズ」が功を奏して体力がつきました。おかげで集中力も増し、疲れていても体が動くことです。

友人の娘に「おじさん」と言われようとも、「大きなお兄さん」はがんばってます。目指せ、スーパー30代!

でも今日は疲れたのでF1でも観て寝ます。

2009年5月17日 (日)

世襲議員

なぜ今更のように世襲議員が問題としてクローズアップされるのかはわからないけど、この国では封建時代よろしく、親の職業を子供が継いでいることが多いのは確かでしょう。僕のまわりでも、親が設計をやっていたとか建設業ですという人は多い。医師や歯科医師、芸能人なんかもそういう人が多いでしょう。

学校での教育が、教科の勉強一辺倒でそれ以外が蛇足的になっているのが原因のひとつだと思う。だから、子供たちにとって職業観というものが親を通して、もしくはその知人を通してしか知ることができない。これは悲しいことです。仕事をする上で多様な価値観を知っていることは、様々な人とコミュニケーションをとったり、新しい価値観なり、成果を出す上で重要だと思う。

また、閉じたコミュニティの中では、いずれ成長がとまり、閉塞感とともに人々からやる気を奪っていく。既得権のある者は、努力しなくなるし、既得権のない者はやっても無駄だと努力しなくなる。そういった精彩を欠いた社会は、落ちていくしかない。少なくとも僕は、惰性で生きていくのは嫌です。

だから、法律をつくって世襲を規制するのは構わないけど、囲いをつくって現状に満足するのではなく、新しいことに挑戦する意志を育ててほしいと思います。それにしても、マスコミの二世好きはどうにかならないですかね。

2009年5月13日 (水)

1994年

今思えば、激動の1995年を予感させる年だったのかもしれない。

名古屋空港で旅客機が墜落し、200人以上が死亡。せっかく1993年に自民党政権が崩壊したのに、1年経たずして政権与党に復帰。しかもありえない、自社連立で。オウム真理教による松本サリン事件で多数の死傷者が発生。目に見えない化学兵器の存在に恐怖する。北朝鮮の指導者、金日成の死去により朝鮮情勢に緊張が走る。そして、前年の冷夏と打って変わった猛暑の夏。これらのすべてが、1994年の上半期に起こったことである。

そんな中でも僕にとって一番ショッキングだった出来事は、音速の貴公子アイルトン・セナの死亡である。

当時の僕は朝がとても弱く、朝起きてから15分くらいボーっとしていないと動けないほどでした。トイレに入っていびきをかいて寝ることは日常茶飯事。そんな僕が、ゴールデンウィークの谷間の月曜日の朝。母から、セナの訃報を聞き、一発で目が覚めるほどだった。

僕にとってセナはどちらかというと嫌いなドライバーだった。僕の一押しは、暴れん坊ナイジェル・マンセルだった。しかし、彼は1992年、ワールドチャンピオンに登り詰めF1界を去っていた。1993年にはアラン・プロストも同じくF1界を去り、1994年からはセナ一人でF1界を支えていた。セナはどこか影のあるようなドライバーだったけど、この年はライバルの不在が特にそう思わせた。後年、皇帝と呼ばれ、セナ亡きF1界を10年以上支えてきたミハエル・シューマッハなどの若手が台頭してきてはいたが、力不足だった。

そんな中での訃報である。あまりのショックにこの年、F1を観ることはなかった。

先日の休みに、動画サイトで94年の第3戦イモラの中継を観ながらあの当時のことを思い出していた。フジテレビの三宅アナ、解説者の今宮氏、リポーターの川井氏が沈痛な面持ちで涙をこらえながらセナの訃報を伝える姿に胸を痛める思いだった。

1991年のモナコグランプリ。伝説のテイル・トウ・ノーズ。抜きたいマンセル、抜かせないセナ。いつまで続くのか、観てる方も息詰まるデットヒート。あんなレースを再び観ることあるだろうか。経済不況がモータースポーツにも暗い影を落とす昨今。あの頃がなつかしい。

2009年5月 6日 (水)

連休③

Img_1473s 5月5日(火)。朝から昨日の疲れか筋肉痛に苦しむ。がしかし何とか起きて朝食。そのあと少し自宅付近を散策。桜の見ごろも終わった感じです。写真は近くの小野幌川沿いの桜。天気がいまいちだったので写真栄えしない。一日自宅で過ごす。

Img_1482s 5月6日(水)。久しぶりにだらだら過ごす。昼食後、車でもみじ台の熊の沢公園へ。今日は天気がよく桜がきれいに見える。とはいえ、だいぶ緑が強くなってきているので、今日で見納めでしょう。

Img_1485s 写真は熊の沢公園より藻岩山方向を眺める。逆行でわかりずらいけど、左の方の光っているのが札幌ドーム。僕がまだもみじ台にいた20年前に比べるとだいぶ見える景色も変わった。昔はこんなに高い建物は見えなかったんだけど。

Img_1486s 厚別のローカルスーパー、ホクノースーパーは健在です。かつてのサンバードや公設市場はなく寂しくなりました。客層も高齢者が増え、この辺は本当にお年寄りが多いのだなあと思います。これから、新札幌で高校時代の友人と飲みます。

久々にいろんなことができた連休でした。その割りにお金はほとんどかかっていないのがまたいい。来年は、旅行ができると良いのだけど。これからは気持ちを切り替えて仕事・勉強モードです。

連休②とあるライダーの一日Ⅱ-2

美瑛ではマイルドセブンの丘とケンとメリーの木をみる。

Img_1454s マイルドセブンの丘は30年位前にタバコのパッケージに使われた写真がここで撮られたことに由来。僕が行ったときも、観光客がひっきりなしに来ていた。ただここはきちんとした畑なので、畑の持ち主に迷惑がかからないように!

Img_1461s ケンとメリーの木は車好きならご存知、日産GT-R「ケンメリ」のCMに使われた木です。ちかくには大きな建物があり、ここも観光客でいっぱいでした。本当に景色が良くて気持ちの良い場所なので今度はゆっくり泊りできたいです。

Img_1463s そして少し遅い昼食をぜるぶの丘でとる。850円の豚丼だったけどなかなかおいしかった。脂こっくなく、ほどほど噛応え。他にもジンギスカン丼やカレーなんかもおいしそうでした。店の前にバギーのコースがあり500円で乗車できるけど普段バイクに乗ってる僕からすると遊園地のカートくらいにしか見えなかったのでパス。そしてさらに北、旭川を目指す。

Img_1464s Img_1467s

旭川では前から気になっていた科学館のプラネタリウムを見学。騒がれることはあり、ものすごい臨場感のある映像だった。物が迫ってくるようで子供が見ると泣き出しそうなくらい迫力のあるプラネタリウムでした。旭川駅に近く、プラネタリウムの入場料は大人300円。近くには故黒川紀章設計の合同庁舎が建つ。そのあと、旭川在住の友人と1時間くらい話す。17:00過ぎ、札幌へ向けて出発。

国道12号線を南下。滝川までノンストッImg_1469sプ。滝川の道の駅到着が18:00過ぎ。空もだいぶ暗くなってきたけど、まだ暖かい。小腹が減ったので腹ごしらえと思ったが、SOLDOUTで何もなかった。トイレを済ませて出発。雨竜を通って国道275号線へ。国道へ出たところで給油。スタンドのおじさんの話だとこのあたりは一日中風が強かったらしい。確かに石狩川を越えるときすごい風ですこしびびった。江別で再び川を越えるときが大変そうだ。

275号線をずっと南下。辺りが真っ暗。鶴沼の道の駅を超えてから農道に入ろうかと思ったが暗くなったので断念。当別あたりで新篠津へ抜ける。江別まで直線の一本道だけどアクセルを開ける気にならない。ジャンプするは横から何がでてくるかわからないので自重。おまけに寒くなって体が硬くなってきたのでセーブ。

江別で再び石狩川を超え、自宅へ。帰宅は20:00。

連休②とあるライダーの一日Ⅱ-1

5月4日(月)。久しぶりにバイクで遠出。

朝8時過ぎ、自宅を出発。もみじ台-北広島-長沼といつもの道を走る。さらにいつもの道の先、踏切を超え、まずは夕張を目指す。夕張の紅葉山に行く途中、夕張川の橋上で鯉のぼりを撮影。Img_1443s

紅葉山の途中、滝ノ上で休憩。穂別ダムを横目に樹海ロードを走る。大きなヘアピンカーブは車のほうが安定していて、同じようなスピードで走るのはつらい。今回は日高の道の駅を通らず、新しい道で占冠へ。占冠の道の駅でトイレタイム。しばしの休憩で出発。金山峠を通って富良野へ。途中、パトカーに捕まった車を発見。最近の神がかり的な自分の勘に感謝。もしかしてニュータイプ?(油断は禁物)富良野の山々をみながら走る。かなり気持ちがよい。Img_1445s

Img_1446s 富良野市内はとまらず、ファーム富田に寄る。まだラベンダーのシーズンではないのにすごい観光客。

さらに北へ進み美瑛へ。(続)

連休①

5月1日(金)仕事が終わった後、新札幌で小学校の卒業生10人ほどと飲む。道外にすんでいる同級生が久しぶりに札幌に帰省。久しぶりに酒を飲んだので少し医が痛む。それにしても、ほとんどが子持ち。中には子供が3人もいるのが数人。すごい。

翌、5月2日(土)。久しぶりに二日酔い風な感じの目覚め。朝方まで飲んでいたので少々早起きがつらい。9年前に亡くなった中学の同級生の命日。僕の師匠です。同じ中学の同級生が朝早くでないと動きが取れなかったのでそれにあわせて朝早くの墓参り。その足で亡くなった友人の実家を訪問。わずかな時間しかいなかったけど、友人のお母さんも元気そうで何よりです。昼前に自宅へ帰宅。

Img_1440s 午後、時間が空いたのでバイクで長沼へ。いつもの練習の道を2回走ろうかと思ったが、パトカーに出くわしたので断念。一度、マオイの丘によって遠回りしていつもの珈琲考房へ。ゆっくりしようかと思ったけど思いのほか混んでいたので珈琲を飲み終えたら即、帰りました。今日もパトカー捕まっている車を発見。今日はパトカーを3回も見た。やはり連休はパトカーが多い。

Img_1441s 5月3日(日)。昨年亡くなった祖母の一周忌法要。母方の親戚が集まる。午後の早い時間に解散。やはり、狭い家に人が集まると落ち着かない。時間があったので家族で小樽へ。連休のためか、やたらと人が多い。特に新たな発見もなく帰宅。

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